
コンプライアンス遵守の重要性は、ニュース等でもひろく世間に知れ渡っているものと思われますが、なおハラスメント問題は生じており、この問題に会社が厳格に対応すべきことは当然のことです。ただ、会社のハラスメントへの対応が不適法となってしまっては意味がありません。そこで、今回は近時の裁判例において会社のハラスメントに対する対応が問題となったものを複数取り上げ、その傾向をご説明いたします。今回は前編として、不適切とされた案件を解説します。
会社のハラスメントに対する対応について

法律上の措置義務について
セクシャルハラスメントについては男女雇用機会均等法にて、パワーハラスメントについても労働施策総合推進法にて、それぞれハラスメントに対する措置を会社に義務付けています。
これらの法律により会社は、従業員等のために相談窓口や就業規則などの整備、広報などによる周知・啓発をすることが必要とされています。
ただ、法律施行後もなおハラスメント事件は後を絶たず、厚労省が公表している「民事上の個別労働関係紛争」の相談内容としては、延べ316,072件の相談件数のうち、「いじめ・嫌がらせ」というパワハラが問題となる項目が全体の17.4%・54,987件を占めるとされており、件数としてはトップとされています。
このようなハラスメント事件が多い背景としては、会社としての措置が十分でないという要素も考えられるところであり、逆に適正な措置の重要性が浮き彫りになっているといえます。
裁判例などに見られる会社の措置義務が「不適切」とされた事例
東京地方裁判所平成21年6月12日判決

<事案の概要>
被告Y社の総務部長の地位にあった原告Xは,被告Y社の常務理事兼事務局長Hに,パワハラやセクハラに該当すると思われる不適切な行為があるとして理事長に報告文書を提出したところ,降格配転され,さらに具体的根拠もなく,懲戒処分としての諭旨解雇をされました。Xは当該降格配転及び諭旨解雇が、不当・合理性を欠く懲戒処分としてYに対して,その労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,未払の賃金・賞与や慰謝料1000万円の支払いを求めました。
<裁判所の判断>
このXの主張及びYからの反論に対し、裁判所は以下のとおり判断しました。
「本件X報告書は,理事長に対して,H常務理事の問題行動を指摘して,その是正を求めることを主眼するものであり,この本件X報告書の性質上,これが理事長に提出されたことで,直ちに,問題行動を指摘されたH常務理事について,指導や不利益な処分がされるものではなく,被告が,H常務理事について,何らかの指導ないし処分を行うとしても,当然のことながら,改めて,事実関係を調査し,H常務理事の弁明を聴くと言った一連の手続を経てから行われるものであり,いわば,本件X報告書は,被告が,H常務理事に対して何らかの是正手段を講じるに当たっての端緒となるものにすぎない。
したがって,本件X報告書のような文書を提出する場合には,慎重な配慮は必要ではあるものの,本件X報告書の内容中に,客観的事実と一致していない部分があるとしても,それ故に,本件X報告書を提出することが,直ちに違法不当であって,懲戒事由に該当するということはできない(本件X報告書自体,H常務理事にパワハラ,セクハラがあったと断ずるものではなく,『パワハラ,セクハラともいえる言動』があるとか,『パワハラやセクハラと思われる事例』についての報告という内容となっている。)。』、『少なくとも,本件X報告書に記載された事実関係と基本的な部分では,合致する事実が存在した』、『本件X報告書に記載された具体的なパワハラ,セクハラと解される事項として記載された…事柄については,不正確な部分もないではないが,基本的に,本件X報告書に指摘に沿った事実が存在し…これらの事実に照らすと,被害者の認識次第で,パワハラ,セクハラと評価される可能性の高い,多くの不適切な問題行動が,H常務理事に存在したことは,明らかである。』、『H常務理事に,前記不適切な言動が多々あったことは事実である上,本件X報告書全体を考察しても,同報告書は,いわゆる誹謗中傷文書というものとは,一線を画す内容のものというべきで…本件X報告書は,基本的に真実性のある文書と評価するのが相当である。』としつつ、『本件X報告書による報告をするにあたって,具体的に,その内容の確認や報告自体についての了解を得ていない被害者がいることは,前記認定のとおりであるが,そのことの故に,本件X報告書が基本的に真実性を有することが否定されるものではない。』とし、Xの行動の目的は是正措置を求めるものであり、手段としてもXは総務部長として理事長に組織の適切な改善措置を講ずるよう求めることは職席上当然で、原紙面との被害者が報告を望んでいなかったとしても放置してはならない、としました。
その上で、『以上のことからすれば,常務理事兼事務局長言う被告の枢要な地位にあるHの不適切な行動について記載された本件X報告書が基本的には,真実性のある文書と評価すべき以上,これを総務部長である原告が作成して,被告のトップである理事長に提出すること自体は,その職責を果たすもので,何ら問題のある行為ではなく,懲戒事由に該当するということはできない』とし、会社としてXの報告書提出を理由とする懲戒解雇は「無効」であるとしました。
<本件のポイント>
セクハラ・パワハラといったハラスメントの告発者が不利益処分を受ける、ということにつき、裁判所はその告発が真実か、真実と信じるに相当な理由があるか、告発の目的が公益性を有し不正な目的等でないか、告発の手段・態様が相当かを総合考慮し、その保護を図るか判断している点がポイントです。
現在では公益通報者保護法によっても、従業員等の内部告発の保護が図られており、このような通報・告発により会社の自浄作用を高め、コンプライアンス違反の芽を早期に取り除くこともできるものです。通報・告発を黙殺したり、逆に不利益処分の対象とすることは、従業員の士気を著しく低下させ、会社のブランドを傷つけることにもなりかねません。
札幌地方裁判所平成22年7月29日判決

<事案の概要>
自衛隊に所属し、勤務中に上官Aから性的暴行を受けたXは、同僚にも当該被害について話し、当該同僚から上司B,C,Dに報告がされたことから、被害についての調査が開始されることになりました。
Xは自身が受けた性的被害について男性であるDに具体的に説明することができなかったのですが、Aの異動や辞職を求めました。ほかにもXは複数回事情聴取を受けたものの、いずれもX一人を年長の男性が質問する形式にとどまり、女性が同室することはなされず、また婦人科の診察を受けたい旨求めたXに対して上官Cの付き添いを条件とされました。XはCに性的被害を知られることに心理的抵抗を覚え、結果として婦人科の受診ができませんでした。
Xの要求にも関わらずAの異動はされず、また職場においてXがAと顔を会わせないようにするなどの対応はできず、Xは外出等が制限され、さらに職場での行事の出席を自粛させられました。
このようなXに対し、Cらは「Aのせいにするなよ」「お前終了だよ」などと述べ、他の者らと2,3時間にわたり退職及びそれを前提とした有給消化を迫り、Xに退職の同意書を書くよう強要するなどしました。
そこで、XはAを告訴した上、国家賠償法1条に基づく損害賠償請求をしたというのが本件です。
<裁判所の判断>
公務所の職場での性的暴力や性的嫌がらせといった加害行為が放置されると,被害職員の心身の安全が害され,職場の規律が乱れ,職場の士気や能率が低下することになる。
したがって,公務所は,組織として,性的加害行為に対する泣き寝入りが生じないよう苦情相談体制を整えるよう努めなければならないし,実際に,性的加害行為があったとの申告が被害者からされた場合,職場を監督する立場にある者(以下「職場監督者」という。)は,どのような加害行為がされ,これにより被害者がどの程度の被害を受けたのかという事実関係の調査を行った上で,被害の深刻さに応じ,①被害職員が心身の被害を回復できるよう配慮すべき義務を負うとともに(以下「被害配慮義務」という。),②加害行為によって当該職員の勤務環境が不快なものとなっている状態を改善する義務(以下「環境調整義務」という。)を負うし,③性的被害を訴える者がしばしば職場の厄介者として疎んじられ様々な不利益を受けることがあるので,そのような不利益の発生を防止すべき義務を負う(以下「不利益防止義務」という。)と解される。
上記のうち,苦情相談体制の整備や職場監督者が行う事実関係の調査は,公務所の組織全体や職場監督者が,職場の秩序維持のために行うべき行動であって,必ずしも,個々の被害職員に向けられた義務ということはできないが,上記①ないし③の義務は,職場における身体・生命に対する安全配慮義務…と同様,個々の被害職員との関係で履行されるべき義務であるということができる。
したがって,職場監督者が,適切な事実関係の調査を行わなかった結果,上記①ないし③の義務に違反する作為や不作為を招来した場合,職場の秩序維持(公権力の行使)に当たる公務員が,職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたもの(違法な職務行為を行ったもの)ということができる。
<本件のポイント>
ハラスメント被害が遭ったとの申告を受けた場合、職場の監督者は適切な事実関係の調査を行い、被害の程度に応じ安全配慮と同様の義務として①被害配慮義務、②環境調整義務、③不利益防止義務を負う、としている点がポイントといえます。
本件で上官らの対応は極めて不十分かつ不適切であり、被害者たるXに不利益な扱いをしています。
このような対応は、当然法が求める適切な措置がなされているとはいえず、組織にその責任として賠償責任が課されるのは至極当然といえます。

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