令和4年(2022年)4月1日より、パワハラを防止すべき義務化の範囲は、中小企業まで拡大しました。パワーハラスメント(パワハラ)は、大手製造業の分野でも有名な企業でもニュースになるほどの社会的な問題です。パワハラによって社員が休職してしまうことは、雇用という意味で企業にとっても大きな痛手ですし、どのように見られるかという企業イメージにも影響が出てしまう可能性が高いものですから、そもそもこのようなパワハラ問題を予防すること、発生してしまっても適切に対応することが重要です。今回は製造業で実際に問題になった裁判例を参考に、法的な観点からどのような行為がパワハラになるか解説します。

職場でのパワハラ、パワハラに該当する行為とは?近年の製造業におけるパワハラ事件の傾向とは?

法律上のパワハラ防止義務化の範囲が広がったことにより、「資本金または出資金の総額」が3億円以下の「常時使用する従業員の数」が300人以下の製造業を営む中小企業でも、パワハラ防止に取り組むべき義務が法的に課されることになりました。
今回の記事は、パワーハラスメントの定義について今一度見直すとともに、製造業で問題になりがちなパワハラ態様について見ていきたいと思います。

そもそもパワハラに当たる言動ってどんなもの?

法律上の定義

パワハラ(パワーハラスメント)の定義としては、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(略して、「労働施策総合推進法」)の30条の2にて規定されています。
具体的には、
「職場」において行われる「優越的な関係」を背景とした言動であって、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」ものによりその雇用する「労働者」の就業環境が害されること
をパワハラと定義づけています(カッコ書きは本コラムにおける追記部分です。)。

パワハラ行為を構成する3つの要素

労働施策総合推進法では、上記に掲げる「労働者」に関し、「3要素」を満たす行為を「パワハラ」としており、これまで一般的に言われていたパワハラの定義づけを踏襲しているものといえます。

そもそも「労働者」とは?
いわゆる正規雇用者のみならず、パート、契約社員等非正規雇用労働者も含むため、派遣労働者も含まれます。
派遣労働者の場合、派遣先の会社はその派遣労働者を「雇用」しているわけではありませんが、法律上は派遣元と同様にパワハラについての措置義務を課されています。つまり、パワハラの対象として、派遣労働者について派遣先が責任を問われることもありうるということですので、注意が必要です。

さらに3要素の内容を見ていきましょう。

「職場」とは?
労働者が業務を遂行する場所であり、労働者が通常就業している場所以外の場所でも、業務を遂行する場所ならば「職場」に含まれます。
職場というのは物理的な勤務場所という意味にとどまらず、およそ業務をする場所であれば該当するため、たとえば出張先であるとか業務の際の移動中の場であるとか、業務に関する電話・メールのやり取り、会社の飲み会を行う場なども、職場といいうる場面に該当します。

「優越的な関係」とは?
パワハラは一般的には上司と部下の間で問題となることが多いものですが、同列・同僚の者、あるいは自分の部下が相手であっても、個人の階級等と関係なく協力を得なければ業務などが上手くできないという場合には、「優越的な関係」が生じているといえます。ですから、上司と部下の関係でも、事案によっては部下が優位な立場になるということもあり得ることには注意しなければなりません。

「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」とは?
その言動が、業務上明らかに必要性がない・その態様が相当でない ということであるとされています。具体的な事情を総合考慮して判断がされるということになります。

パワハラの具体的な行為態様

厚労省が提示する典型例としては、以下の6つの例が挙げられています。
・身体的な攻撃(暴行・傷害)
・精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・ひどい暴言)
・人間関係からの切り離し(隔離・仲間外れにする・無視する)
・過大な要求(業務上明らかに不要なこと等要求)
・過小な要求(仕事を与えない 等)
・個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
ただし、この6つの類型がパワハラの全てということでもないことには注意が必要です。

パワハラに該当するかの判断

パワハラで一番難しい要素は、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」といえるか(=業務上明らかに必要性がない・その態様が相当でない)ということでしょう。
この点、裁判例などでは証拠などに基づき以下のような要素から、正当性と相当性があるか否かを検討していると考えられます。

①人格否定、名誉毀損となるような発言か
(例 給料泥棒、バカ野郎、給料を返せ 等)
労働者側の権利を侵害するという悪影響があるのに対し、このような発言をしても合理的な業務上の指導効果があるとはいえないため、多くのケースではパワハラと判断される方向に働くものと思われます。
ただ、上司など指導する立場から出されたのが強い言葉・厳しい言葉でも、その背景にある事実に、労働者の業務の改善策としてやむを得ない理由があり、指導方法に合理性があれば、ただちにパワハラとまではいえません。

②退職、解雇、処分を示唆するような言動か
(例 辞めろ、やる気がないなら会社を辞めるべき、いつでもクビにできる 等)
職場での地位を奪うような言動が見られる場合は、パワハラと認定されやすくなる傾向にあります。

③叱責を受けている本人の帰責性、業務上の必要性ある言動か
その言動がされた経緯も要素となります。たとえば、業務上の指導をしてこなかったにもかかわらず厳しい指導をする場合、パワハラと認定されやすくなると思われますし、逆に言動を受けた側に落ち度や改善すべき点があると、発言者側に多少厳しい言動があったとしても許容される可能性が出てくるようです。

④言動を受けた本人の立場、能力、性格
言動を受けたのが、経験が少ない新人なのか、すでにある程度の経験・情報を持ち業務が可能なものとして期待を受けるべき立場の者かも考慮されているようです。経験が長く、既にそれなりの立場などにあるのであれば、当然厳しい指導の必要性や許容性が出てくるというわけです。

⑤指導の回数、時間、場所
頻度が多い、時間が長い、人前で叱責するなどであれば嫌がらせや侮辱といった意味を有するようになり、違法性を帯びるようになるという判断になる傾向にあるようです。実際には、言動そのものだけではなく、事後的なフォローがあったのかといったシチュエーションも、考慮されているようです。

⑥他の者との公平性
たとえば同じ問題を起こして、一方のみ加重に叱責するというのは、公平でないとして違法との判断に傾く傾向にあります。他方は叱責していないのですから、そもそもその激しい叱責を受けた人に対しても、その叱責が必要であったのか疑わしい、つまり合理性が揺らぐということになるでしょう。

必ずしも上記の点だけで判断しているわけではないかもしれませんが、裁判所の裁判例の傾向としてまとめると、上記に着目していると思われます。

製造業におけるパワハラの傾向

製造業でパワハラが問題になった事例

パワハラはどのような業種でも起こりうる問題ではありますが、今回は製造業を営む企業において生じた裁判例をピックアップし、どのような行為が問題になったのか、パワハラの行為態様別に示していきます。
<暴行・傷害によるパワハラが認められたケース>
メイコウアドヴァンス事件(金属琺瑯加工業)
従業員が仕事においてミスが多くなると、会社の社長から「テメエ、何やってんだ!」「どうしてくれるんだ!」「バカヤロウ」などの言葉を用いて大声で怒鳴り、当該従業員の頭を叩くなどしたほか、蹴る殴るの暴力も複数回ありました。この従業員は全治12日のケガを負わされたこともあり、会社に生じたという損害を家族で返済することを認める退職届を書くよう強要されていました。従業員はこれらの暴行・退職強要の直後に自殺に至り、労災も認められたというものです。
このケースでは、会社と同社社長らに逸失利益として約2700万円、慰謝料として2800万円など、高額の賠償義務が認められています。

<脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)>
三洋電機コンシューマエレクトロニクス事件(電気製品製造会社)
同僚を誹謗中傷した従業員に対し、その態度を諫めるために面談を行いましたが、その面談時の態度に立腹した人事課長が「出るとこに出ようか。民事に訴えようか。あなたは完全に負けるぞ。名誉棄損で。」「あなたがやっていることは犯罪だぞ。」「これ以上続けると、われわれも相当な処分をするからな。」「全体の秩序を乱すような者は要らん。うちは。一切要らん。」「自分がやっていることを隠しておいて、何が裁判所だ。とぼけんなよ、本当に。俺は、絶対許さんぞ。」などとの表現で叱責しました。
このケースでは、会社と当該叱責をした人事課長個人に対し、連帯して慰謝料10万円を支払う義務を認めています。
叱責すべき事情はあったものの、その叱責の言葉が、従業員の人間性を否定するかのような不相当な表現を用いているとして、責任が生じるものとされているのがポイントです。

サントリーホールディングスほか事件(清涼飲料等製造販売会社)
上司から従業員に対する注意指導に当たり、「新入社員以下だ。もう任せられない。」「何でわからない。おまえは馬鹿。」などと言いいました。
他にも、当該従業員がうつ病の診断書を提出し休職願を出したところ、「休養は有給を消化してくれ」「異動の予定があるが、休みを取るなら異動の話は白紙に戻す」などと述べて休職の申し出を阻害していました。当該従業員は休職後復職するも、精神障害の後遺症が残ってしまいました(2級)。
裁判所は、会社と当該上司に対し、連帯して慰謝料150万円の支払いを命じています。

事例のまとめ

製造業でパワハラが問題になった裁判例の事例を見ると、やはり上司からの注意指導や、叱責の場面で不適切な表現や方法により、言動が「パワハラ」と認定されているものが多いようです。
注意指導・叱責が必要な場面もあるとは思われ、「目的自体は正当」であっても、その程度や方法が行き過ぎてしまえば「手段として不当」となって違法だと認定されてしまう可能性もあります。他の多数の社員の面前で叱責してしまうなど、ついついやってしまいがちではありますが、対応としては簡単に回避できる指導方法もあるでしょう。
その指導が人事権の行使に当たる場合でも、どのように注意・叱責をするか、特に管理職の立場にある方などは自身が部下に注意をするときはもちろんのこと、他の社員もそのような行き過ぎた指導をしていないか、十分気を付ける必要があります。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 相川 一ゑ
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