労働者の心身の安全を守り、労働者が安心して働くことができるよう、カスハラ対策を行うことは事業者の責務です。本稿では、企業のカスハラ対策第2弾として、カスハラ行為が法律上(民事上・刑事上)どのように扱われるかを概説していきます。

社会問題化する「カスハラ」とは

一般的にカスハラとは、

顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の従業環境が害されるもの
とされています(厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」)。

また、顧客等からのクレームであれば何でもカスハラになるわけではなく、ある行為がカスハラに該当するかどうかは、

①顧客等の要求内容に妥当性はあるか
②要求内容を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当と言えるか

を判断基準にすべきとされています。

前回は企業のカスハラ対策第一弾として、上記のようなカスハラの定義や判断基準をご紹介しました。

今回は、カスハラが法律上(民事上または刑事上)どのような扱いを受けるのかを見ていきたいと思います。

カスハラ行為は法律上どのように扱われることになるのか

顧客等の行為がカスハラに該当する場合、その行為は法律上どのように扱われることになるのでしょうか。

以下、大きく、「民事」の面と「刑事」の面に分けて見ていきましょう。

「民事」の面での扱い

顧客等のある行為がカスハラに該当する場合、民事上は、不法行為に基づく損害賠償請求の対象となる可能性があります。

カスハラ行為を行った顧客等は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」(民法709条)と言えるからです。

また、上記の損害賠償請求は、当然ですが、財産以外の損害、すなわち、人の生命・身体や自由、名誉などが侵害された場合にも、できることになっています(民法710条)。

例えば、顧客等から執拗なカスハラ行為を受けたことによって、対応してきた従業員が重篤な精神疾患を発症し、長期に渡る通院治療を余儀なくされたとしましょう。

この場合、従業員は、加害者に対して、不法行為に基づく損害賠償請求権を行使して、通院治療費や減収分(精神疾患を発症したことによって従前のような勤務ができずに収入が減った分)を金銭で支払うよう請求することができます。

「刑事」の面での扱い

顧客等のある行為がカスハラに該当する場合、その行為や言動によっては、次のような刑法上の犯罪行為となる可能性があります。

刑法上の犯罪行為となれば、警察への通報を端緒に、逮捕・勾留などの身柄拘束、悪質な場合には刑事事件として立件されたうえ、懲役刑などの刑事罰を受ける可能性があるということです。

こうなると、たかがカスハラだから、では済まされない事態です。

傷害罪

「人の身体を傷害した者」は、傷害罪として15年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられます(刑法204条)。

例えば、顧客が怒りに任せて従業員を殴り、全治3週間の怪我を負わせた場合などです。

暴行罪

「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」は、暴行罪として2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料に処せられます(刑法208条)。

例えば、先の事例で従業員が顧客に殴られたものの、幸い怪我をするには至らなかった場合です。

脅迫罪

「生命、身体、自由、名誉または財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者」は、2年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます(刑法222条1項)。

「親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者」も、同様です(同2項)。

例えば、顧客が、対応した従業員に対し、「ボコボコにしてやる」、「お前がダメな店員だってことをSNSにアップする。名前に住所、顔写真も晒してやるからな」等の発言をした場合です。

恐喝罪

「人を恐喝して財物を交付させた者」は、10年以下の懲役に処せられます(刑法249条1項)

「前項の方法により、財産上不法の利益を得、または他人にこれを得させた者」も、同様です(同2項)。

例えば、顧客から「このことをマスコミにばらされたくなかったら、こっちの言うとおり、迷惑料として30万円を支払え」などと言われ、お店側から30万円を支払ってしまった場合です。

なお、恐喝罪は未遂も処罰されることになっていますので、上記の例で、30万円を支払うよう要求されたものの、結局支払わなかった場合でも、恐喝未遂罪が成立します。

強要罪

「生命、身体、自由、名誉もしくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、または暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、または権利の行使を妨害した者」は、3年以下の懲役に処せられます(刑法223条1項)。

「親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者」も、同様です(同2項)。

例えば、顧客から「痛い思いをしたくないなら、今すぐここで土下座しろ」と言われ、従業員が土下座させられた場合です。

なお、強要罪は未遂も処罰されることになっていますので、上記の例で、土下座するよう言われたものの、結局従わなかった場合でも、強要未遂罪が成立します。

名誉棄損罪

「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者」は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金に処せられます(刑法230条)。

例えば、トラブルになった顧客が、「あの店は、新人教育が全くなっていない。店長のレベルも低くて、こちらが要求した謝罪文も『書けない』の一点張り。あんなとんでもない店が、詐欺まがいの商売をして、年商●億も稼いでいるなんて許せない」などとSNSに書き込んだ場合です。

侮辱罪

「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者」は、1年以下の懲役もしくは禁錮もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料に処せられます(刑法231条)。

例えば、顧客が、ある従業員を名指しして、「●●は超のつくアホだ」などとSNSに書き込んだ場合です。

威力業務妨害罪

「威力を用いて人の業務を妨害した者」は、3年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられます(刑法234条)。

例えば、顧客が怒号を上げて店内を歩き回るなどし、他の顧客との商談が続けられなくなった場合です。

不退去罪

「正当な理由がないのに、人の住居もしくは人の看守する邸宅、建造物もしくは艦船に侵入し、または要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者」は、3年以下の懲役または10万円以下の罰金に処せられます(刑法130条、不退去罪はこの条文の後半部分に該当する行為です)。

例えば、お店側が、「これ以上対応できないのでお引き取り下さい」と何度も頼んでいるにもかかわらず、執拗に居座り続けて帰らない場合です。

軽犯罪法その他

上記はいずれも刑法上の犯罪行為になる場合でしたが、カスハラ行為は、日常生活の道徳規範に反する軽微なものが処罰の対象である軽犯罪法に違反する可能性もあります。

従業員に絡む行為が同法の「粗野・乱暴」に該当したり、警察に嘘の通報をすることが「虚偽申告」に該当したりする可能性があります。

軽犯罪法違反の場合、科される刑罰は拘留(1日~30日間の身体拘束)または科料(1000円~1万円の納付)ですので、刑法犯ほど重い罪になるわけではありませんが、処罰されれば行為者には前科がつくことになります。

その他、カスハラ行為は、その態様次第では、迷惑防止条例など都道府県独自の条例に違反する可能性もあります。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 田中 智美
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