
昨今のヘルスケア市場は、生成AIの台頭やウェアラブルデバイスの進化により、かつてないほどの盛り上がりを見せています。ITベンチャーやDXを推進する企業にとって、個人の健康データを活用したアプリ開発は、社会貢献度も高く、非常に魅力的なビジネス領域です。
しかし、この分野には、IT業界の常識だけでは測りきれない巨大な法的リスクが潜んでいます。それが、薬機法(医薬品医療機器等法)による「プログラム医療機器」の規制です。多くの開発者が、良かれと思って実装した診断機能やアドバイス機能が、実は法的に許されない「無許可の医療機器」に該当することを知らずに開発を進めています。
本稿では、IT・テック企業が知っておくべき境界線と、最悪の事態を避けるための防衛策を解説いたします。
「プログラム医療機器」とは

かつて医療機器といえば、レントゲン装置やメスといった物理的な装置を指すものでした。しかし、技術の進歩に伴い、法の改正によって、ソフトウェアそのものが医療機器として定義されるようになりました。
これが「プログラム医療機器」、英語ではSoftware as a Medical Device、略してSaMDと呼ばれます。具体的には、スマートフォンにインストールするアプリや、クラウド上で動作する分析アルゴリズムなどが、その内容によっては「医療機器」として国の規制対象となります。
たとえ物理的なハードウェアを伴わなくても、そのプログラムが疾病の診断や治療、あるいは予防を目的としているとみなされれば、厚生労働大臣による承認や認証を受けない限り、配布や販売を行うことは固く禁じられています。
法的境界線

開発者が最も留意すべきは、単なる健康管理アプリと医療機器の境界線です。
まず、医療機器に該当しないとされるのは、日常的な健康維持や増進を目的としたものです。例えば、日々の歩数や消費カロリーを記録し、それをグラフ化して可視化する機能は、一般的な健康管理の範疇であり規制対象外です。
また、一般的な医学的知識に基づき、「野菜を多めに摂りましょう」といった栄養バランスの助言を行うことも問題ありません。
しかし、一方で、特定の疾患の判断に踏み込むと、途端に医療機器としての性格を帯び始めます。
撮影した皮膚の画像から病名を推測したり、バイタルデータから心疾患のリスクを断定したりする機能は、医師の診断行為を代替、あるいは強く補助するものとみなされ、医療機器に該当する可能性が極めて高くなります。
判断の要諦は、そのアプリがユーザーの健康状態に与えるリスクの大きさと、医師の判断への影響力にあります。
AI搭載型アプリにおける特有の課題

現代のデジタルヘルスケアにおいて、AIの活用はもはや不可避ですが、AIを搭載したアプリには独特のリーガルリスクが存在します。
第一に、AIの判断プロセスの透明性、いわゆるブラックボックス問題です。なぜその結果が出たのかを医学的に説明できない場合、薬機法上の承認を得るための「有効性・安全性の証明」が著しく困難になります。
第二に、学習による性能の変化です。AIはリリース後もデータを蓄積して進化しますが、従来の法規制は固定された性能を前提としていました。最新の制度では性能改善を見越した承認の仕組みも整いつつありますが、開発の初期段階から将来のアップデート計画を詳細に策定し、規制当局と合意しておくという、非常に高度な管理能力が求められるようになっています。
未許可配信のリスク

もし、医療機器に該当するアプリを無承認で配信してしまった場合、企業が受けるダメージは計り知れません。
まず、薬機法違反として厳しい刑事罰が科される恐れがあります。3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金、あるいはその両方が科されるだけでなく、法人としての会社自体も罰金刑の対象となります。
また、行政処分として製品の回収や販売中止が命じられ、それまで投じた莫大な開発費が一瞬にして無駄になります。さらに、行政処分を受けた事実は公表されるため、企業の社会的信用は失墜し、新規の資金調達や取引にも致命的な支障をきたします。
たとえユーザーに実害が出ていなくても、ルールの未遵守そのものがリスクとなるのが、この業界の厳しさです。
ビジネスを成功へ導くコンプライアンス戦略

ITベンチャーがこの高い壁を乗り越えてビジネスを成功させるためには、戦略的なアプローチが必要です。まず検討すべきは、企画段階での「非該当設計」です。
多額のコストと時間をかけて承認を目指すのではなく、あえて医療機器に該当しない範囲、つまり「診断」ではなく「記録と一般的な助言」に機能を絞ることで、スピーディーな市場参入が可能になります。
次に、関係当局との事前相談の活用です。自社の技術が規制対象かどうかを曖昧なままにせず、早い段階で専門の窓口へ相談し、見解を固めることが最大の防衛策となります。また、広告表現のチェックも忘れてはなりません。
アプリの機能自体が適法であっても、広告で「このアプリで病気を見つける」といった過大な表現を使えば、その標榜内容によって医療機器とみなされ、取り締まりの対象となってしまいます。
まとめ

プログラム医療機器という分野は、日本の医療の未来を大きく変える可能性を秘めたフロンティアです。しかし、人命に直結する領域である以上、そこには極めて厳格なルールが存在します。IT業界特有のスピード感で突き進むことも大切ですが、法的な落とし穴を無視した暴走は、企業そのものを破滅に追い込みかねません。
薬機法を開発の足かせと捉えるのではなく、自社のプロダクトが社会に信頼され、安全に普及するための品質保証の指針であると捉え直すことが、真の医療DXへの第一歩です。
企画の構想段階から法的な視点を取り入れ、確かなリーガルチェックを行うことで、皆様の革新的なアイデアが正しく社会に届くことを、心より願っております。
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