
医薬品や医療機器、さらには化粧品・医薬部外品等を製造・販売する企業にとって、最も直面したくない、しかし常に想定しておかなければならない重大なリスクの一つが「製品の回収(リコール)」です。
自社が出荷した医薬品等に何らかの不良や法令違反があったことが判明した場合、そのまま放置すれば消費者の生命や身体に重大な危害を及ぼすおそれがあります。そのため、製造販売業者は、当該医薬品等の使用により保健衛生上の危害が発生し、または拡大するおそれがあることを知ったときは、危害の発生・拡大を防止するために、当該医薬品等を回収するなどの必要な措置を講じなければなりません。
特に医薬品や医療機器などは、人の生命や健康に直結する製品であるため、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)において、回収に関する厳格なルールが定められています。初動対応を誤り、回収の判断が遅れたり、行政への報告を怠ったりすれば、企業は薬機法違反として厳しい行政処分を受けるだけでなく、社会的信用の失墜により事業の存続すら危ぶまれる事態に発展しかねません。
本コラムでは、企業法務の観点から、薬機法上の「回収」の定義、行政による回収命令と自主回収の違い、健康被害リスクに基づくクラス分類の判断、そしてトラブル発生時に企業が取るべき初動対応の社内フローについて、実務的に解説いたします。
医薬品・化粧品等の「回収」とは?行政命令と自主回収の違い

品質不良や表示違反に対する保健衛生上の危害防止措置
薬機法に基づく「回収」とは、製造販売業者、外国特例承認取得者または輸出用医薬品等の製造業者が、販売等をした、または承認を受けた医薬品等を引き取ることを指します。
ここで注意すべきは、未だ販売していないものや、未だ製造販売業者の直接の管理下にあるものを引き取ることは、単なる「在庫処理」に過ぎず、法的な意味での「回収」には当たらないという点です。すなわち、卸売販売業者等に占有が移転し、市場に出た医薬品等が回収の対象となります。
では、どのような場合に回収が必要となるのでしょうか。実務上、医薬品等を回収しなければならない場合として、以下の三つのケースが挙げられます。
① 何らかの不良により安全性に問題がある場合
② 何らかの不良により有効性に問題がある場合
③ 法令や承認事項に違反する場合
例えば、製品に異物が混入していたり、成分の分量が承認事項と異なっていたりする場合は①や②に該当します。また、品質や有効性に直接の問題がなくても、製品の容器や外箱に記載すべき法定表示事項(有効期限や製造番号など)に誤りがあったり、未承認の効能効果をうたったラベルを貼付していたりした場合は、③の法令違反として回収の対象となります。
これらの事由に該当する医薬品等は、保健衛生上の危害の発生・拡大を防止するため、直ちに回収されなければなりません。これを放置すれば、行政から厳しい処分が下されることになります。
行政による「回収命令」を待たずに行う「自主回収」の意義
医薬品等の回収には、法的に大きく分けて二つの種類があります。厚生労働大臣や都道府県知事が発出する「回収命令」(薬機法第70条第1項)による回収と、製造販売業者等が自らの判断で行う「自主回収」(同法第68条の9第1項参照)です。
「回収命令」は、不良医薬品等が流通しており、放置すれば保健衛生上の重大な危害が生じる緊急かつ明確なおそれがある場合に、公権力の発動として行われる強力な措置です。もっとも、過去の事例を見ても、国が回収命令を発した例は極めて限定的であり、実際には、事業者が自ら回収に乗り出す形が大半を占めています。
これは、医薬品等の品質や安全性に関する詳細な情報を最も早く、かつ正確に把握できるのが、製造販売業者自身だからです。そのため、行政が強制的な回収命令を出す事態に至る前に、企業が自ら危険性を察知し、迅速に回収を行う「自主回収」が実務の基本となります。
実際の回収判断は、企業の品質保証責任者や安全管理責任者が情報を収集・分析して立案し、その報告を受けた「総括製造販売責任者」が最終決定を行うという厳格なプロセスを踏みます。総括製造販売責任者は、品質保証部門や安全管理統括部門をはじめとする社内の各部門と密接に連携し、品質不良が原因の場合は品質保証責任者が、副作用等の安全情報に基づく場合は安全管理責任者が中心となって、迅速に対応できる体制を平時から整備しておく必要があります。
回収の「クラス分類」と迅速な対応の重要性

健康被害の危険性に応じたクラスⅠからⅢの判断基準
自主回収を決定した企業が次に行うべき極めて重要な作業が、その製品が引き起こし得る健康被害の危険性の程度に応じた「クラス分類」の判断です。薬機法の実務では、回収される医薬品等を、健康への危険性の程度により、クラスⅠからクラスⅢまでの三段階に分類して回収を実施します。
クラスⅠ(重篤な健康被害のおそれあり)とは、その製品の使用等が、重篤な健康被害または死亡の原因となり得る状況を指します。例えば、致死的なアレルギー反応を引き起こす成分が誤って混入していた場合や、生命維持に直結する医療機器に致命的な動作不良がある場合などが該当します。
クラスⅡ(一時的な健康被害のおそれあり)とは、その製品の使用等が、一時的なもしくは医学的に治癒可能な健康被害の原因となる可能性がある状況、または重篤な健康被害のおそれはまず考えられない状況を指します。例えば、有効成分が規定の範囲をわずかに下回っており十分な効果が得られない場合や、軽度な皮膚炎を引き起こす可能性のある不純物が混入していた場合などがこれに当たります。
クラスⅢ(健康被害のおそれなし)とは、その製品の使用等が、健康被害の原因となるとはまず考えられない状況を指します。例えば、外箱の印字ミス(製造番号のわずかな誤植など)や、成分には全く問題がないものの、法定の添付文書の記載内容に一部不備があった場合などが該当します。
製造販売業者が自社の製品をどのクラスに分類するかは、回収の範囲やスピード、さらには世間への公表(プレスリリース)の要否に直結する極めて重大な判断となります。
死亡等の重篤なリスクを伴う「クラスⅠ」の緊急性
クラス分類の判断に当たっては、回収の理由となった事実がどれほどの健康被害を発生させるおそれがあるかだけでなく、その製品が「どのような対象患者に使用されるか」という観点も総合的に勘案しなければなりません。例えば、同じ製品の不具合であっても、健常者が使用する場合と、免疫力が極度に低下している重症患者が使用する場合とでは、健康被害が生じる可能性やその程度は全く異なるからです。
特に「クラスⅠ」または「クラスⅡ」に該当すると判断した場合は、事態の重大性に鑑み、企業単独で判断を確定させるのではなく、事前に管轄の都道府県の薬務主管課に相談し、その判断の妥当性について助言を求めることが実務上強く推奨されています。クラス分類の判断を誤り、重篤な健康被害リスクがあるにもかかわらず軽微な対応で済ませてしまった場合、企業は取り返しのつかない責任を負うことになりかねません。
自主回収を決断する際の社内フローと法的留意点

都道府県知事等への速やかな「回収着手報告」
自主回収を行うと決定した場合、企業は薬機法に基づき、極めて迅速な行政対応を行わなければなりません。
薬機法第68条の11の規定により、製造販売業者等は、自主回収に着手した旨および回収の状況を、管轄の都道府県知事(実務上は都道府県の薬務担当課)に対して「回収着手報告書」により報告する法的義務を負っています。この報告を怠ったり、遅延させたりすることは明らかな法令違反となります。
実務上、この「回収着手」の時期とは、製品の回収を決定し、社内で必要な準備を整え、実際に納入先の医療機関や卸売業者に対して回収の通知(情報提供)を開始した時点を指します。
自主回収の決定を受け、都道府県などの規制当局からは、製造販売業者に対し、その事案に応じた詳細な指示が行われます。具体的には、以下のような事項が確認・指示されます。
① 納入先の医療機関等以外にも回収の対象となる医薬品等の存在が考えられる場合には、納入先以外に対しても広く情報を周知し、回収を行うこと
② クラスⅠ回収の場合には、医薬品安全管理責任者、医療機器安全管理責任者、営業所管理者等に情報の周知が行われていることを確認した上で、文書により回収品の有無の確認を行うこと
③ 回収率、健康被害の発生状況等について、定期的な報告を行うこと(回収着手当初は概ね1か月ごとに報告を行うことなど)
④ 回収情報を独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームページに掲載するため、指定された掲載用資料を提出すること
患者・一般消費者への情報提供(プレスリリース)と的確な情報公開
回収対応において、行政への報告と同等、あるいはそれ以上に企業の危機管理能力が問われるのが、世間一般に向けた情報公開、すなわち「プレスリリース」の実施です。
回収情報をいかに迅速かつ広範に提供するかは、保健衛生上の危害の拡大を食い止めるための最大の鍵となります。特に、クラスⅠの回収に該当する場合や、クラスⅡの回収であっても、当該製品が処方箋を必要としない一般用医薬品や化粧品であり、広く一般消費者の手に渡っている場合には、迅速かつ的確なプレスリリースを行うことが実務上強く求められます。
プレスリリースの内容には、回収を実施するに至った理由、対象となる製品の特定情報(製造番号やロット番号など)、想定される健康被害の内容、そして消費者に対する具体的な対応方法(使用中止の呼びかけや回収窓口の案内など)を網羅し、客観的かつ誠実な姿勢で情報提供を行う必要があります。
また、すべての回収情報は、PMDAのホームページ上の「回収情報(クラス別)」というデータベースに掲載され、誰でも閲覧可能な状態となります。プレスリリースを行った場合には、そのプレスリリース資料も併せて掲載されることとされています。
回収終了の判断と終結の条件
製品の回収を開始した後、その回収業務がいつ「終了」したとみなされるのかも重要なポイントです。
回収は、原則として、市場から回収対象となるすべての製品が回収された時点で「終了」となります。具体的には、卸売販売業者、医療機関、薬局等において保有されている対象製品が、製造販売業者等においてすべて引き上げられ、安全が確認された時点で回収終了が確認されます。
しかし、患者や一般消費者の手にすでに渡ってしまった製品については、そのすべてを追跡して回収することは現実的に不可能です。このような場合には、対象となる消費者に注意喚起(使用中止の案内等)を行った上で、申出があれば引き取りに応じる体制を整えることによって、回収を終了したものと取り扱うのが通例とされています。
当然のことながら、当該製品の使用による健康被害リスクの大きさに応じて、消費者に対する告知の手段(ホームページでの告知、新聞の社告、個別DMの送付など)は異なります。企業として「これ以上の健康被害の発生を防止するために必要な努力を尽くした」と合理的に判断できる状態に至って初めて、行政への「回収終了報告」を行い、一連の回収手続きが終結することになります。
まとめ

医薬品や化粧品の品質不良等による回収事案は、いかに万全な品質管理体制を敷いていても、企業活動において完全にゼロにすることは困難です。重要なのは、問題が発覚した際に「隠蔽する」のではなく、薬機法に基づく「自主回収」の制度を正しく理解し、速やかに保健衛生上の危害を防止する措置を講じることです。健康被害リスクに応じた正確なクラス分類、都道府県への迅速な回収着手報告、そして消費者に対する誠実なプレスリリースや情報公開を徹底することが求められます。
これらの初動対応の遅れや隠蔽体質は、令和元年改正で強化された「責任役員」の法的責任を問われる事態にも直結し、企業のブランド価値を回復不能なまでに毀損しかねません。有事の際にパニックに陥らないよう、平時から品質保証部門や安全管理部門を中心とした回収のシミュレーションを行い、法的な助言を即座に得られるコンプライアンス体制を構築しておくことが、企業の持続的な成長を守るための最強の盾となるのです。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
企業が直面する様々な法律問題については、各分野を専門に担当する弁護士が対応し、契約書レビューも特定の弁護士が行います。このような専門性により、企業法務において大きな強みを持っています。企業法務を得意とする法律事務所をお探しの場合、ぜひ、当事務所との顧問契約をご検討ください。
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この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭
薬機法
中央大学法科大学院・埼玉工業大学での講師活動、法テラス民事法律扶助審査委員・埼玉県意見表明等支援員としての公的活動を通じ、幅広い法的知見を持って依頼人の権利と事業を守る。公益社団法人埼玉県暴力追放・薬物乱用防止センター主催の不当要求防止責任者講習でも講師を務め、民事介入暴力対策委員会・子どもの権利委員会所属。









