建物の耐震診断をし、強い地震が起きると倒壊するという診断が出た場合でも、賃借人に明渡しを求めることができるとは限りません。問題は、補修が可能か、費用からして補修するのが合理的かということです。判例を通して、大体の傾向を見たいと思います。

1 はじめに

賃貸している建物が老朽化し、耐震診断をしたところ、強い地震が起きると倒壊する可能性もあるという診断が出た場合、賃借人に明け渡しを求めることができるでしょうか。

 実際には、このような診断が出たからと言って、明け渡しを求めることができるとは限りません。どのような場合に明渡しが認められ、どのような場合に認められないのか、3つの判例を通してみていることにします。

2 立退料の支払いと引換えに明渡しを命じた例(東京地裁平成24年8月27日判決)

 【判旨】

ア 正当事由の有無について

① 建物は、建築から50年以上が経過しており、外見上、東側外壁面のコンクリートに、浮き・剥離が見られるほか、コンクリート中性化調査では、調査箇所の80%で中性化深さがコンクリートのかぶり厚さの基準値を超えていて鉄筋がさびやすい環境になっている。

建物は、震度5強以上の地震が発生した場合、中破する可能性が高く、場合によっては大破する状況も想定される。

② 耐震補強工事、保全改修工事の概算費用は、耐震補強について1300万円、保全改修について5600万円ないし5800万円を要し、本件建物の再調達価格が約7100万円とされていることからすれば、再調達価格に匹敵する支出が必要となる。

   ※ 耐震性を理由に明渡しを求める場合、強い地震が来ると倒壊する恐れがあるかどうかということがまず問題になりますが、それ以上に問題になるのが、補修が可能なのかどうか、技術的に可能だとしても、補修のための費用が過度にかかるか、補修することが合理的かどうかです。

補修が不可能、あるいは補修に過度の費用がかかる、補修に合理性がないということであれば、明渡しが認められる可能性が高くなりますが、それなりの費用で補修が可能であり、合理性があるということになると、明渡しは認められないことになります。

③ 借主は、貸室で鍼灸マッサージの治療室を経営して生計を立てているが、本件建物周辺は中高層の事務所ビルが建ち並ぶ地域であることからすると、代替物件への移転は可能である。

      ※ これは、いわゆる「正当事由」があるかどうかの判断事由の一つですが、次の2の判例にあるように、単に耐震性だけではなく、明け渡しを求める正当事由があるかどうかが多くの場合問題になります。

イ 立退料の額

① 借家権について

権利金の授受がなく、賃貸借契約は、貸主による解約申入れの時点では約4年間存続していたにすぎず、借家権のないと考えられないこともない。

しかし、借家権の存否が問題となるのは、不随意の立ち退きを迫られる借主に対し、いかなる補償をすべきかという観点から、法的に保護すべき権利、利益があるかを検討する必要があるからであり、借主に対しては、借家権といわれるもののうちの一定額に当たる金員の補償をすべきである。

   

   ※ 耐震性に問題があることを理由として明渡しを求めても、立退料ゼロで明渡しが認められることはほとんどありません。立退料を決める場合、借家権補償をすべきかどうかが多くの場合問題になります。この判示は、単に4年間の賃貸借でも借家権補償が認められる場合があることを示しています。

② 営業休止補償については、営業休止期間を一ヶ月として、得意先喪失補償、収益減補償、固定的経費補償、従業員給与補償(一人当たり月間人件費)などを考慮して、合計は137万9990円とする。

③ 移転にともなう内装等の費用、動産移転料、移転雑費補償として、281万2496円とする。

   ※ 保証する項目としては上記のようなものがあります。

3 立退料の支払いと引換えに明渡しを命じた例(東京地裁平成29年2月17日判決)

 【判旨】

ア 正当事由の有無について

  ① 借主の「青山の□□」というブランドイメージは、借主の旗艦店である青山店が青山通りそのものになくても、表参道駅の周辺地域にある限り、揺るがないものと評価できる。そうすると、青山地域や表参道駅の周辺に代替地が確保できる限り、本件建物部分の使用は必要不可欠とは言えない。

 貸主は、本件計画建物の建築事業計画を有し、平成28年1月末までの本件建物の解体工事及び平成30年4月の本件計画建物の竣工を予定していた。事業計画の収益性も相当程度検討されており、特に不合理な点は見当たらない。

      ※ 正当事由の有無の判断にあたっては、建物を使用する必要性について、貸主・借主のどちら大きいかが重要になります。耐震性を問題とする場合でも、それとは別に、こちらに正当事由がある(建物を使う必要性が大きい)ということは、できるだけ具体的に主張すべきです。

  ② 建物の耐震性に問題があることについて、当事者間に実質的な争いはない。建物の補強工事費としては、1億1001万2111円を要することになるが、加えて、この補強工事の実施に伴い、外部からの視認性、開放感、明るさなどに悪影響があるとともに、賃貸面積も減少するため本件建物の賃料収入は、約4%~13%低下する。

また、本件建物は、すでに築後50年が経過しているため、多額の費用をかけて補強工事を行うことが本件建物の耐用年数との関係で経済合理性を有するかについて、疑問がないとはいえない。そうすると、補強工事を実施する代わりに本件建物の建替えを行うことも、経済合理性の観点からあり得る選択肢といえる。

      ※ ここでは、補修に多額に費用がかかること、補修をすることによるマイナス面が述べられています。このような場合、補修することができても、耐震性を理由とする明渡しが認められやすくなります。

4 明渡しの請求を棄却した例(東京地裁平成28年1月28日判決)

 【判旨】

ア 補修の可能性

本件ビルが「著しく保安上危険」な建築物であり「震度5強で倒壊」のおそれがある建築物に当てはまる可能性があるため、早急に耐震補強等の措置を講ずることが望ましいとの報告書の結論に不合理な点があるとはいえない。

しかし、基礎工事の補修費には、①案において1億1000万円、②案において7820万円を要するが、本件建物の賃料が月額460万7431円であること、貸主は借主に本件建物の立退料として8億円の提示をしていること、借主は本件建物の使用を強く望んでいることなどからすると、本件ビルに対して補強工事を行うことに費用対効果がないということはできない。

※ 耐震性に問題があるとしても、補修で対処すべきであるとして、明渡しを認めない理由としたものです。

イ 借主への真摯な対応

   もっとも、このような場合に貸主としては、土地や建物の有効利用という見地から、建物を建て替え、借主に対し建替え後の新しい建物への再入居を勧めることもあり得るところであり、その際に借主に提示される条件次第によっては、賃貸借契約の解約の申入れに正当の事由があると判断されることもあるというべきである。

しかし、貸主は、このような提案をすることもなかった。

      ※ ここでは、補強工事を行うことに費用対効果がある場合でも、貸主が借主と、新ビルへの入居を含む真摯な対応をしていれば、場合によって、正当事由があると判断されることがあるとしています。明渡しを求めるにあたっては、借主に対して真摯に対応することが必要ということ示しています。

5 最後に

  耐震性に問題があるからと言ってすぐに明け渡しが認められるわけではありません。上記の判例にある点を参考にして、明渡し交渉、調停、訴訟などを進められるとよいと思います。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
代表・弁護士 森田 茂夫
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