はじめに

従業員が業務に起因して負傷または疾病にかかった場合、企業として迅速かつ適切な対応を行うことは、従業員の早期回復支援はもちろんのこと、企業の法的責任を果たし、職場全体の信頼関係を維持する上で極めて重要です。

その初期対応において中心となる書類の一つが、労災保険給付請求書(様式第5号)です。

以下に、労災様式5号の取り扱いにおける企業の役割と注意点について、具体的に解説いたします。

従業員の業務災害時における労災様式5号の適切な取り扱いと事業主証明の留意点

労災様式5号(療養補償給付たる療養の給付請求書)とは?

労災様式5号は、従業員(労働者)が業務上の事由または複数業務要因災害により負傷したり、疾病にかかったりした場合に、労災病院または労災指定医療機関等(以下「指定医療機関等」といいます。)で治療を受ける際に提出する書類です。

この請求書を提出することにより、被災した従業員は治療費等を自己負担することなく、必要な療養を受けることができます。

企業としては、従業員が安心して治療に専念できるよう、この手続きが円滑に進むよう協力する責務があります。

誰が作成し、企業は何をするのか?

様式5号は、原則として被災した従業員本人が作成します。

しかし、請求書の中には「事業主証明」欄があり、ここに企業(事業主)が必要事項を記入し、証明を行う必要があります。

具体的には、事業の名称、事業所の所在地、事業主の氏名(法人であれば代表者名)、そして「負傷又は発病の年月日日時」「災害の原因及び発生状況」などについて、従業員の申告内容が事実に相違ないことを証明するものです。

「事業主証明」の意義と企業が留意すべきこと

事業主証明は、被災従業員の申告した災害の発生状況などが客観的な事実と合致しているかを確認し、企業としてそれを証明するものです。

ここで最も重要な点は、企業は安易に事業主証明を拒否すべきではないということです。

証明を拒否できるのは、以下のような極めて限定的な場合です。

・明らかに業務災害ではないと客観的に判断できる場合(例:休日に私的なレジャーで負傷した場合など)

・従業員の申告内容が明らかに虚偽であると客観的な証拠に基づき判断できる場合

上記に該当しないにもかかわらず、企業の判断で「労災ではないかもしれない」「会社の管理体制が問われるのではないか」といった理由だけで証明を拒否することは、以下のようなリスクを招く可能性があります。

労災隠しとの疑い

労働基準監督署から指導を受けるだけでなく、労働安全衛生法違反として罰則の対象となる可能性があります。企業の社会的信用も大きく損なわれます。

従業員との信頼関係の悪化: 従業員は会社への不信感を募らせ、職場環境の悪化や、場合によっては法的紛争(例:安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求、証明拒否が不当な圧力と見なされればパワハラ等)に発展するリスクも否定できません。

労災認定の最終的な判断は、企業ではなく労働基準監督署が行います。企業が証明を拒否したとしても、従業員はその旨を労働基準監督署に申告した上で様式5号を提出することが可能であり、労働基準監督署は事実関係を調査の上、労災認定の可否を判断します。

したがって、企業が証明を拒否しても、必ずしも労災認定を阻止できるわけではありません。むしろ、不当な証明拒否は企業にとって不利益となる可能性が高いのです。

万が一、従業員の申告内容と企業の認識に食い違いがある場合は、まず従業員から再度丁寧に状況を確認し、それでも認識が異なる場合は、その旨を具体的に付記した上で証明に応じる(一部認否のような形)ことも検討できますが、その判断は慎重に行うべきです。不明な場合は、専門家にご相談ください。

事業主証明を拒否した場合、従業員はどうするのか(企業側の理解)

前述の通り、企業が事業主証明を拒否した場合でも、被災従業員は、労働基準監督署の窓口にその旨を伝え、事業主の証明が得られなかった理由などを記載した書類(「てん末書」など)を添付して、様式5号を提出することができます。

その後、労働基準監督署は、企業側にも事情聴取を行うなどして事実関係を調査し、労災に該当するか否かを判断します。

様式5号はどこに提出されるのか?

事業主証明がなされた(または証明がなくても従業員が提出する)様式5号は、被災従業員が治療を受ける指定医療機関等に提出されます。その後、指定医療機関等を経由して、管轄の労働基準監督署長に提出される流れとなります。

企業が直接労働基準監督署に提出するものではありませんが、従業員が速やかに提出できるよう、必要な情報提供や書類(証明部分)の準備に協力することが求められます。

企業として特に注意すべき点

通勤災害との区別

業務中の災害ではなく、通勤途中の災害の場合は、様式5号ではなく「療養給付たる療養の給付請求書(様式第16号の3)」を使用します。これらは給付の内容や手続きが異なりますので、混同しないよう正確に把握しておく必要があります。

請求権の時効

療養の給付を受ける権利には、療養に要する費用を支出した日(実際には、その都度医療機関に支払うわけではないので、療養を受けた日)の翌日から起算して2年の時効があります。従業員が不利益を被らないよう、速やかな手続きを促すことが望ましいでしょう。

労災隠しは絶対にしないこと

労災の事実を隠蔽したり、従業員に健康保険を使用させたりする「労災隠し」は、労働安全衛生法違反(報告義務違反)であり、50万円以下の罰金が科される犯罪行為です。

これは、企業の評判を著しく傷つけ、従業員からの信頼を失うだけでなく、結果としてより大きな問題に発展する可能性があります。労災が発生した場合は、正直かつ迅速に手続きを進めることが、最終的に企業を守ることにも繋がります。

安全配慮義務と再発防止

労災事故が発生したということは、企業の安全配慮義務の履行状況が問われる可能性があります。事故原因を究明し、同様の災害が再発しないよう、具体的な対策を講じることが企業の重要な責務です。

労災事故における弁護士の役割

弁護士の役割

会社側の弁護士は、以下の点で重要な役割を果たします。

・従業員の請求根拠の法的検討

弁護士は従業員からの請求を法的観点から精査し、不当な請求を拒否したり、適切な減額を行ったりすることができます。

・労働トラブル対応と労働基準監督署対応

弁護士は会社側に適切なアドバイスやサポートを提供し、法的リスクを最小限に抑えることができます。

・適切な賠償額の算定

会社に対する安全配慮義務違反の主張に備え、違反があるといえるのか、違反があるとしてもどの程度の損害があり、損害に対して被災者の落ち度(過失)はどの程度か、など、弁護士は過去の裁判例を参考に、適正な賠償額を算定します。

これにより、会社は公平で合理的な補償を提供することができます。

・交渉・訴訟の代理人サポート

労災に強い弁護士が会社との交渉を行うことで、適切な解決策を見出すことができます。また、代理人として矢面に立つことで、会社側の無用で膨大な労力を削減することに繋がります。

会社側は、労災事故発生時に迅速かつ適切な対応を取ることが重要です。

同時に、法的リスクを最小限に抑えるため、弁護士のサポートを受けることで、従業員の権利を尊重しつつ、会社の利益も守ることができます。

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の特徴

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 時田 剛志
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