
平成28年(2016年)に厚生労働省のセクハラ指針が見直され、セクハラには「同性に対する言動」についてもこれに含まれることになりました。また、SOGI(性自認・性的指向)に関する言動についても指針の対象とされるようになりました。そこで、今回は今後も新たな動きとして注意すべき点が出てくることを踏まえ、裁判例におけるセクハラ行為に対する慰謝料について、近年の認容額の傾向についてご説明いたします。
セクハラ被害についての慰謝料額の傾向とその考慮要素について

セクシャルハラスメントとは
セクシャルハラスメント(以下「セクハラ」とは、“他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動”と考えられていますが、近年においては職場における言動のみならず、部活の監督と部員の間や、大学の教授と学生との間でなどでも問題となることがあります。
厚労省での男女雇用機会均等法に関する指針によれば、「当該労働者がその労働条件につき不利益を受けるもの(対価型)」と、「当該性的言動により労働者の就業環境が害されるもの(環境型)」があるとされています。
この厚労省の指針は時代の流れにより常に見直され続けており、平成28年(2016年)の改正においては、セクハラの言動として「同性に対するもの」も含まれるようになり、また、いわゆるSOGI(性的指向・性的自認)に関するものも対象となることを明らかにしています。
セクハラにおける慰謝料の認容額の傾向
セクハラ被害が問題となって訴訟が提起された事案において、慰謝料が認められたものの傾向としては、慰謝料の認容額は50万円以下から300万円超というおおよそのレンジが見られます。
近年の裁判例では、50万円未満の慰謝料となるものが半数を超えているようであり、300万円を超えるものは全体のうち5%にも満たないようです。
これはあくまでも統計的なものであり、慰謝料の認容額は事案によって大きく異なり得るものではありますが、セクハラ被害が立証できたとしても、その慰謝料が高額になる可能性は一般的にはあまり高くないといえましょう。逆に、一部の事案では後記のとおり相当高額な賠償額が認められているケースもあることは留意すべきです。
裁判例などに見られる慰謝料算定における考慮要素

大まかな考慮要素
上記のとおり、慰謝料の認容額の大まかなレンジとしては50万円以下から300万円超といった幅があるようですが、大きくその被害の態様を分ければ、加害者から被害者に対し体を触る(臀部に触る・キスをする 等)というケースと、非接触のケース、そして回数として複数回継続してなされているものと、単発の行為に留まるものがあります。
もちろん、実際のセクハラ行為の内容にもよりますが、全体としての傾向で言えば、加害者が被害者の体に接触しているケースの中ではその接触が下着の中にまで触れている・性器を触らせる・姦淫行為にまで至っているというような悪質なケースであると、平均的には200万円近い慰謝料を認めているようです。
これに対し、非接触のケースでは、平均的には100万円に満たない慰謝料に留まる、という傾向にあるようです。
加害行為の回数については、単発に留まる場合は平均的には50万円程度なのに対し、複数回継続的になされているという場合には平均的には100万円を超える慰謝料となっているようです。
言動の要素など
ア 体への接触・非接触
裁判例で問題になった接触ケースでは、例えば「勤務時間中に側に近づき体をすり寄せる」「自席に座っている被害者に身体をぶつけながら通る」などというもの、「抱きついてキスをする」「自分の下腹部を被害者の尻に当てる」というものもセクハラ行為とされています。
直接的に触らず、衣服の上から触るという行為も、「悪質」という判断がされているケースもありますし、「被害者の額付近を触る」というような性的部位でない部分への接触であってもセクハラ行為とされることはあります。
イ 言動の回数
継続的なのか、単発行為であったのか、という点は、被害者に対する精神的ダメージや、悪質性の判断としては無視できない要素でしょう。
加害行為が継続的であれば、その後被害者が退職や休職に追い込まれるという可能性も高まってくるといえます。
被害者のその後の状況

ア 休業に至った場合
セクハラの加害行為は、公衆の面前でなされることは少なく、通常はある程度閉鎖された場において、継続的に行われる、ということが多いでしょう。
そのような場で、被害者はセクハラ行為から逃れるために、加害者がいる場から自ら不本意ながら離れなければならず、結果的に休職や退職に追い込まれる、ということは多いといえます。
裁判例においても、休職や退職をした後に提訴に至る、というケースが半数を超えているようです。
イ 逸失利益がある場合
セクハラ行為を受けた被害者が休職・退職に至った場合、そこでは休業損害や逸失利益、すなわち働けなくなったことによる経済的な損失も生じてしまいます。
このような被害は、慰謝料という精神的苦痛に対する賠償責任にとどまらず、その休業損害や逸失利益という賠償請求が上乗せされることになります。
実際に休職・退職による休業損害・逸失利益がその名目で請求されていなかったとしても、休職・退職したこと自体により慰謝料額を考慮するという事例もあるようです。
高額な慰謝料を認められた事例の中では、セクハラ行為として被害者の同意なくキスや胸を揉むなどした上、ラブホテルに連れ込んで性行為をしたというケースで、被害者に精神疾患が生じ、通院慰謝料・後遺障害慰謝料まで支払いが命じられたものもあります。
この慰謝料に加え、上記のとおり休業損害・逸失利益が被害として認められているため全体の損害賠償額は相当高額となっています。
被害者側に何らかの要因がある場合
セクハラ行為やその被害の発生につき、被害者側の要因(過失や素因といった要素)があった場合、被害の請求に対し過失相殺や素因減額という調整がされることがあります。
たとえば、「元々家庭内において親から虐待を受けており幼少期にトラウマがあって被害者につき、当該セクハラ行為により精神症状が悪化した」として素因減額が認められたケースがあります。
また、「セクハラ被害について被害者が周囲に相談できたとして、セクハラ被害が長期化したのは被害者にも一因がある」として慰謝料が減額されたという裁判例もあります。
このような過失相殺・素因減額は被害者救済になるとはいえませんが、損害拡大に被害者側の要素が関わる場合には、慰謝料額認定に考慮される可能性があることは注意が必要です。
使用者側の責任についての認容傾向

使用者責任
職場におけるセクハラ行為には、加害行為をした本人以外にも、使用者に対する使用者責任が追及されることもあります。
業務に一切関係ない場においてなされたというような例外的な場合でなければ、加害者本人の責任が認められる場合に、使用者責任も肯定される傾向にあるようです。
使用者自身の責任
使用者のセクハラ行為そのものに対する対応が適切でなかったなどといった場合、使用者に固有の責任が生じる場合もあります。
使用者の対応により休職せざるを得なかった場合等、被害者の休職期間中の賃金の支払いを、慰謝料とは別に命じた事案もあります。
使用者としては、単にセクハラ被害が職場で発生しないよう予防としてセクハラ予防についての啓もうを進めると共に、セクハラが実際発生してしまった場合の事後の対応についても十分になさねばなりません。
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