
「労働基準監督署の者ですが、来週、御社に調査に伺います」――ある日突然、このような電話がかかってきたら、多くの経営者の方は動揺されると思います。予告なしに監督官が来社するケースもあります。
労働基準監督署(労基署)の調査は、決して一部の企業だけの話ではありません。厚生労働省が令和8年9月に公表した、長時間労働が疑われる事業場に対する令和7年度の監督指導結果によれば、監督指導を実施した29,150事業場のうち78.5%で労働基準関係法令違反が見つかっています。
本コラムでは、労基署の調査(臨検監督)の種類と流れ、当日の対応、是正勧告を受けた後の対処法について、経営者の方向けに解説します。
労働基準監督署の調査(臨検)とは

労働基準監督官は、事業場に立ち入り、帳簿や書類の提出を求め、使用者や労働者に質問する権限を持っています(労働基準法101条)。また、監督官は司法警察官としての権限も持っており、悪質な違反については捜査を行い、検察庁に送検することができます(同法102条)。
正当な理由なく調査を拒んだり、虚偽の説明をしたり、虚偽の記載をした帳簿を提出したりすると、30万円以下の罰金の対象となります(同法120条)。
調査には、主に次のような種類があります。
- 定期監督:年度ごとの計画に基づいて対象事業場を選んで行う調査
- 申告監督:労働者や退職者からの申告(通報)をきっかけに行う調査
- 災害時監督:一定程度以上の労働災害が発生した際に行う調査
- 再監督:是正勧告後、違反が是正されたかを確認する調査
特に申告監督の場合、在職中または退職した従業員が、残業代の未払いや解雇予告手当の不払いなどを申告していることが多く、その後の民事紛争(残業代請求や労働審判)に発展する可能性もあるため、注意が必要です。
調査の流れと求められる書類

調査は、監督官が事業場を訪れる方法のほか、労基署に書類を持参するよう求められる(呼出し)方法で行われることもあります。事業場を訪れる場合、事前に電話や文書で日時と準備書類が通知されることもあれば、予告なく来社することもあります。特に悪質な事案や緊急性が高い事案では、予告なしで行われる可能性が高いといわれています。調査当日は、監督官が書類を確認し、担当者からの聞き取りや、場合によっては職場の見回りを行います。
提出を求められることが多い書類は、次のとおりです。
- 労働者名簿、賃金台帳
- 出勤簿、タイムカード、PCのログ記録などの労働時間の記録
- 就業規則、賃金規程
- 時間外労働・休日労働に関する協定届(36協定)
- 労働条件通知書(雇用契約書)
- 年次有給休暇管理簿
- 健康診断個人票
これらの書類の多くは、労働基準法や労働安全衛生法により作成・保存が義務付けられています。例えば、労働者名簿・賃金台帳などの労働関係に関する重要な書類は5年間(当分の間は3年間)(労働基準法109条、附則143条)、健康診断個人票は5年間(労働安全衛生規則51条)の保存が必要です。「作っていない」「どこにあるか分からない」という状態そのものが、指摘の対象になり得ます。
調査当日の対応で注意すべきポイント

1 日程の調整は相談できる
事前予告がある場合、担当者の不在や書類準備の都合などやむを得ない事情があれば、日程の変更を相談することは可能です。ただし、何度も延期を求めたり、連絡を無視したりすると、調査拒否と受け取られかねません。
2 書類の改ざん・隠蔽は絶対にしない
調査前に、タイムカードを書き換えたり、実態と異なる記録を作成したりすることは厳禁です。発覚した場合には、悪質な事案として送検される可能性が高まり、企業の社会的信用も大きく損なわれます。
3 従業員への口止めをしない
監督官は従業員から直接話を聞くことがあります。従業員に「残業はしていないと答えるように」などと指示することは、事態を悪化させるだけです。また、労働者が労基署に申告したことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いをすることは法律で禁止されており(労働基準法104条2項)、違反すると刑事罰の対象となります。
4 分からないことは即答しない
質問に対しては誠実に回答すべきですが、記憶が曖昧な事項について推測で答える必要はありません。「確認して後日回答します」と伝え、正確な情報を提出することが大切です。
是正勧告書・指導票を受け取ったら

調査の結果、法令違反が認められると「是正勧告書」が、法令違反ではないものの改善が望ましい事項があると「指導票」が交付されます。また、機械設備などに危険がある場合には「使用停止等命令書」が交付されることもあります。
是正勧告は行政指導であり、それ自体に法的な強制力はありません。しかし、是正勧告を放置すれば再監督が行われ、改善が見られない場合や違反が悪質な場合には、送検に至るおそれがあります。
是正勧告を受けた場合には、指定された期限までに違反を是正し、「是正報告書」を提出します。報告書には、改善内容を裏付ける資料(改定した就業規則、新たに締結した36協定、未払い賃金の支払いを示す資料など)を添付するのが一般的です。
特に注意が必要なのが、未払い残業代の遡及支払いです。是正勧告で過去の割増賃金の支払いを求められた場合、その金額が大きくなることがあります。残業代請求権の消滅時効は、現在、当分の間3年とされており、対象となる従業員が多いと、企業の経営に大きな影響を及ぼすことになります。期限内の是正が難しい場合には、自己判断で放置せず、監督官に事情を説明し、相談することが重要です。
日頃から備えておくべきこと

労基署の調査に慌てずに対応するためには、日頃の労務管理が何よりも大切です。最低限、次の点を確認しておきましょう。
- 36協定を毎年締結し、労基署に届け出ているか
- タイムカードやPCログなど客観的な方法で労働時間を把握しているか
- 残業代を正しく計算し、支払っているか(固定残業代の運用を含む)
- 対象従業員に対し、年5日の年次有給休暇を取得させ、管理簿を作成しているか
- 就業規則を作成・届出し、従業員に周知しているか
- 長時間労働者に対する医師の面接指導などの健康確保措置を講じているか
弁護士に相談するメリット

労基署の調査は、それ自体で終わるとは限りません。申告監督の場合には、その後に従業員から残業代請求や労働審判を起こされることもあります。
弁護士に相談すれば、調査前に書類や労務管理の問題点を確認し、想定される指摘への対応方針を立てることができます。また、是正勧告を受けた後の是正報告書の作成や、未払い賃金の計算方法の検討、さらにはその後の従業員との紛争への対応まで、一貫したサポートを受けることが可能です。
特に、労基署の調査で指摘された事項は、後の民事紛争で従業員側の主張の根拠として使われることもあります。調査段階から紛争への発展を見据えて対応方針を立てておくことが、結果的に企業を守ることにつながります。
まとめ

労基署の調査は、どの企業にも起こり得るものです。調査を拒否したり、書類を改ざんしたりすることは、かえって企業のリスクを高めます。誠実に対応しつつ、是正勧告を受けた場合には期限内に適切な是正を行うことが重要です。
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所では、労働問題に精通した弁護士が、労基署の調査対応や是正勧告への対処、その後の労働紛争まで、企業側の立場からサポートしております。労基署から連絡が来た、是正勧告を受けて対応に困っているという経営者の方は、お早めにご相談ください。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
企業が直面する様々な法律問題については、各分野を専門に担当する弁護士が対応し、契約書レビューも特定の弁護士が行います。このような専門性により、企業法務において大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
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この記事を書いた弁護士:弁護士 村本 拓哉
労働問題(使用者側)
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。
平成26年登録後、労使案件を中心に多数の案件に対応。問題社員への対応、配転、懲戒処分、解雇、残業代請求等、労使問題の解決に精通し、労使問題に関する講演実績も有する。交渉、労働審判、訴訟等、紛争解決のための手続に対応。自ら経験した事件や裁判例に基づき事件の進行方法を検討しつつ、依頼者の話す内容に耳を傾け、より良い解決策がないかを検討することを心がける。






