
近年社会問題化しているカスハラですが、労働者の心身の安全を守り、労働者が安心して働くことができるよう、カスハラ対策を行うことは事業者の責務です。本稿では、企業のカスハラ対策第3弾として、カスハラに関する企業の責任について解説します。
社会問題化する「カスハラ」とは

一般的にカスハラとは、
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の従業環境が害されるもの
とされています(厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」)。
また、顧客等からのクレームであれば何でもカスハラになるわけではなく、ある行為がカスハラに該当するかどうかは、
①顧客等の要求内容に妥当性はあるか
②要求内容を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当と言えるか
を判断基準にすべきとされています。
前回は企業のカスハラ対策第2弾として、カスハラ行為が法律上(民事上または刑事上)どのような扱いを受けるのかを見ていきました。
今回は、カスハラに関する企業の責任について解説していきたいと思います。
カスハラ対策を行うことは事業主の責務

ハラスメント関連指針で謳われた責務
企業のカスハラ対策第1弾でも触れましたが、令和元年6月に労働施策総合推進法等が改正され、職場におけるパワーハラスメント防止のために雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務となりました。
この改正を踏まえて、令和2年1月、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」が令和2年厚生労働省告示第5号として策定され、顧客等からの暴行、脅迫、ひどい暴言、不当な要求等の著しい迷惑行為に関して、事業主は、労働者からの相談に応じ、適切に対応するための体制の整備や労働者への配慮の取組を行うことが望ましい旨、及び、被害を防止するための取組を行うことが有効である旨が定められました。
上記の告示で、事業主が他の事業主の雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為に関して行うことが望ましい取組として、以下のようなものが挙げられています。
(厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアルより抜粋」
①相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
②被害者への配慮のための取組(被害者のメンタルヘルス不調への相談対応、著しい迷惑行為を行った者に対する対応が必要な場合に一人で対応させない等の取組
③他の事業主が雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為による被害を防止するための取組(マニュアルの作成や研修の実施等、業種・業態等の状況に応じた取組)
労働契約法上の安全配慮義務
上記のようなハラスメント関連指針の策定や、地方自治体によっては独自のカスハラ防止条例を施行して脚光を集めているカスハラ対策ですが、仮にこのようなものがなかったとしても、事業主は、もともと、そこで働く個々の労働者に対して安全配慮義務を負っています。
これは労働契約法5条に定められているもので、労働者との間で取り交わす雇用契約書にその旨の記載がなかったとしても、事業主は当然にこの義務を負っているのです。
事業主が配慮すべき労働者の安全とは、「物理的な職場環境の整備」、「事故防止策の実施」、「心身の不調に対する対策の実施」などであり、カスハラに関する未然防止策やカスハラ被害が発生した際の適切な対応も当然に含まれます。
つまり、安全配慮義務の一環として、労働者の心身の安全を守り、労働者が安心して働くことができるよう、カスハラ対策を行うことは事業者の責務と言えるのです。
このため、カスハラ行為による被害が発生しているにもかかわらず、事業主が何の対策も取らないでいると、場合によっては、被害を被った労働者から、安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求される恐れもあるのです。
カスハラに関する企業の責任

上記のとおり、カスハラ行為による被害が発生しているにもかかわらず、企業が事業主として適切な対応をしていない場合、被害を被った従業員から安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求を受ける恐れがあります。
次に紹介する事例は、保護者から教諭に対して理不尽な言動があった際に、当該教諭の管理監督者である校長が教諭を守らず、かえって保護者に同調するような不適切な対応をしたことで、その損害賠償責任が問われたものです。
少し詳しく見てみましょう。
甲府地方裁判所平成30年11月13日判決の事例
【事案の概要】

A教諭が地域防災訓練の会場に向かう途中、担任をしている児童の自宅に立ち寄ったところ、その敷地内において、児童宅で飼育している犬に咬まれ、全治約2週間の怪我を負った。
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2日後、児童の両親がA教諭宅を訪れて謝罪し、治療費の支払いを申し出るが、A教諭は気持ちだけで十分であると言って辞退する。
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翌日の朝、A教諭は、B校長に対し、本件が円満に解決した旨を報告する。
しかし、その日の午後になって、児童の父親から、B校長のもとに、「昨夜は補償は不要ということで話が収まったのに、A教諭がまだ補償を求めている」との電話が入る。
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そこで、B校長から、A教諭に対し、犬に咬まれた事故からこれまでの経緯をまとめた報告書を作成するよう指示する。
A教諭は、指示どおり、児童の両親とのやり取りをまとめた報告書を作成したが、そこには、A教諭が、治療費の支払いを辞退する前に、児童の母親に対して、電話で「賠償責任というような保険に入っていたら、使っていただきたいのですが」と話した旨の記載があった。
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児童の父親と祖父が来校し、B校長とA教諭が対応する。
父親と祖父は、A教諭宅に謝罪に行った帰り際に、A教諭の妻から「そうは言っても補償はありますよね」などと脅迫され、児童の母親は怖くて外に出られず、床に臥せっているなどと話した。
また、B校長からA教諭作成の報告書を見せられると、祖父は「教師が地域の人間に損害賠償を求めるとは何事か」などと言ってA教諭を非難したうえ、母親に謝罪するよう求め、父親もこれに同調した。
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すると、B校長は、A教諭に対して、父親と祖父に謝罪するように言い、A教諭は、座っていたソファから腰を下ろし、床に膝を着き、頭を下げて謝罪した。
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父親と祖父が帰った後、B校長は、A教諭に対して、「会ってもらえなくても、明日の朝、行って謝ってこい」と言い、母親にも謝罪するよう指示した。
【裁判所の判断(要旨)】

■A教諭は犬に咬まれた事故に関しては全くの被害者であり、被害に遭ったことについてもA教諭に落ち度はない。
■A教諭が電話で母親に賠償という言葉を使ったのも、賠償責任保険に加入していたらその保険を使って欲しいという趣旨の話をしただけであって、何ら非難されるものではない。
■児童の父親と祖父の言動やA教諭に対する謝罪の要求が理不尽なものであったにもかかわらず、B校長はA教諭にその場で謝罪するよう求め、A教諭の意に沿わず、何ら理由のない謝罪を強いたうえ、さらに、翌朝にA教諭一人で児童宅を訪問して母親にも謝罪するよう指示した。
■以上のように、児童の保護者から理不尽な言動を受けたことに対し、B校長がA教諭の言動を一方的に非難し、また、事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押されて、専らその場を穏便に収めるために安易にA教諭に対して保護者に謝罪するよう求めた行為は、A教諭の自尊心を傷つけ、多大な精神的苦痛を与えたものと言わざるを得ない。
■結論として、B校長の行為は不法行為に該当し、小学校を設置する市と教員の給与を支払う県の双方に損害賠償責任が認められる。
※この事例では、上記B校長の行為や言動がパワハラであったとも認定されています。
上記の例は、市立小学校を舞台にしたもので、賠償を命じられた主体も地方公共団体(市、県)ではありますが、一般私企業にとっても十分に参考となります。
カスハラ行為による被害が発生した場合、企業が対応を誤れば、加害者のみならず、企業自身も責任を問われかねないということを肝に銘じておく必要があるのです。
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